静岡茶のご紹介

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茶の知恵、中国唐代に学ぶ

プロフィール

プロローグ

明日5月2日は八十八夜である。今年は天候が順調で「みどりの日」から、静岡県下は新茶一色となった。この風景から三千年以上さかのぼるその先に、中国の茶文化が存在する。

私は静岡県藤枝市で茶の製造販売を手掛けるかたわら八世紀の陸羽(りくう)著「茶経」(ちゃきょう)を読み込んできた。昭和前期の注釈書を参考に、私なりの解釈や現在の日本の事情も盛り込んだ自家本も出版した。そして茶経が、現代に通じる多くのことをすでに 書き記し、あるいは示唆していることに驚きを禁じ得ないでいる。

化学の知識を先取り

陸羽は唐の時代の人である。名を知られるきっかけになったのは730年ころからだ。 湖州の長官、願真卿が編さんした百科事典「韻海鏡源」(いんかいきょうげん)の執筆メンバーの中に、 北部生まれの陸羽がいた。

茶についての学識の深さに感心した願真卿は陸羽の後援者になり、茶の経典の執筆を勧めた。一説ではその時、陸羽は28歳だったという。十数年間中国各地を踏破した末、今日でも茶のバイブルとされる茶経が完成した。

「茶者南方嘉木也」に始まる茶経はわずか七千字あまりの著作だが、当時上流階級を中心に急速に普及していた喫茶についてはすべてのことが書かれている、と言ってよい。三巻十章から成り、茶の起源から製造具、茶道具、いれ方、飲みかた、茶の歴史、産地、心得にまで及んでいる。

特に驚くべきことは、私たち現代茶商の専門知識である緑茶鑑定、製造法、品質等級分け、茶産地格付け、水質適否などが明記されていることだ。

茶経にいう、「茶産地の地質、土壌、栽培、その他、上なるものは爛(らん)石に生じ、中なるものは磔石(たくせき)に生じ、下なるものは黄土に生ず」爛石とは古生層の水成岩の岩盤が風雨にさらされ、崩れかかったような土地を指す。根っこが岩と岩の間の栄養を吸って伸びる茶が上茶ということになる。日本の土壌では雲母の有無も重要だ。

また茶経にいう、「三歳にしてとるべし、野茶は上、園茶は次。陽崖陰林」。茶の樹木は三年目位から新芽を摘み取るべきで、栽培したお茶よりも野生茶の方が上等である。日当たりのよい崖(がけ)の上のお茶は上等で、林の中の日陰のお茶は次である、と解説しているが、これは今日でもそのまま当てはまる。  お茶を入れる水。「それ水は山水を用いるは上なり。江水は中なり。井水は下なり。江水は揚子江の水ではなく、自然に流れる川の水のことだろう。

水のアルカリ度が高くなるとお茶の味は薄くなり、低いとよく出ることは、今では科学的に明らかにされている。日本百名水の中でも、アルカリ度が低いのは最上川、鈴鹿川、大井川などだ。

茶器に関し好み主張

陸羽は「茶に九難あり」としている。製造、鑑別、茶器、火、水、いり方、茶末、煮方、飲み方である。千二百年前の陸羽の説が現代にも、そっくりそのまま当てはまるだろう。  全般にわたって実証的、論理的茶経だが、茶器に関しては陸羽も自分の好みをやや強引に主張している。白磁の茶碗より青磁の方が優れていると世間では言っているがそんなことはないとして、白磁の方がお茶の色が映える、と結論する。また黄色の茶碗はお茶の色が紫に、褐色の器は黒く見えるため感心しない、と主張している。

私が茶経に取り組み始めたのは89年、お茶の研究で知られている先輩の亀山正雄氏から茶経と医学博士の諸岡存先生が戦前に著した「茶経評釈」を送られてきてからだ。

一読、陸羽の見識の深さと漢文の格調の高さにのめりこんでしまった。諸岡先生の評釈は戦前の中国まで出向いて茶経に関する調査を行った労作である。

茶の医学的効用に焦点をあてた評釈に、茶をなりわいとする自分なりの視点も加えてみたいと考えた。最初の茶の研究成果も取り入れ、約四年半かかって自分なりの「茶経解釈」を練り上げた。

茶経に惹かれた理由はもう一つあった。何度も読み返すうちに陸羽はこの本を著した心情が、私なりに理解できるようになったからだ。

本物の大切さを書き記す

陸羽は繰り返し、品質のよくない茶や、混ぜものの茶はよくない、本物が大切であると書き記している。茶経の時代は玄宗皇帝の時代。楊貴妃とのロマンで知られるように経済バブル、文化バブルの時代だった。喫茶の普及とともに質の劣る茶を高値でさばく業者が跋扈(ばっこ)していたのである。陸羽はそうした風潮に警鐘をならしたかったのだと思う。

ひるがえってわが日本茶業界も缶製品の普及で品質第一とも言い切れなくなっている面がある。茶商が茶と茶文化の深さを知らないままに茶を商っている時、知らず知らず、伝統的な生活を衰退させているのではないだろうか。

茶経完成の直後には安禄山の乱が起きた。多くの書物が灰燼になった中、茶経は残った。それは千二百年後のわれわれにあることを教えてくれるためだったようにも思えるのだ。

この原稿は平成9年5月1日の日本経済新聞[32面]文化欄に掲載されたものです。転載は許可を得た上で行って下さい。

藤栄製茶(株)

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